病気が分かるまで☆2005年9月腹痛と吐き気と血便が出てHARUを出産した病院へ行った。 血便の原因を調べるため5日間入院。 CT撮ったりいろいろ検査したけど結局原因分からずに退院。 それから1ヶ月何度も吐いたりして病院や急患センターのお世話になる。 そのときの急患センターで大学病院の主治医の先生に出会っていた。 運命だったのかな… ☆2006年2月 秋の吐き下しは一旦おさまっていたので安心していた。 2月に入りインフルエンザ、アデノウイルス、溶連菌感染症と次々に感染していた。 とりあえず近くの小児科で診てもらっていた。 薬を飲んでも咳と微熱が取れず、食欲はあるのだけど、一日ゴロゴロしていた。 おなかが痛い。背中が痛いと言って夜も寝られない日々でした。 HARUは辛そうでした… ☆2006年3月 開業医の小児科ではよくならないので私の判断で、以前入院した総合病院へ行った。 そこでの血液検査で貧血傾向。 便検査で血便が発見され、出血原因を調べるため胃カメラを飲んだ。 「お母さんも傍にいてあげて」と看護師に言われ HARUが泣きながら胃カメラ検査受けているのを見て私も辛くて泣いた。 胃カメラ検査は異常なし。 「じゃあ何で??HARUは調子悪いの??」 具合が悪くなり始めて既に3週間がたっていた… このあたりからHARUのお腹がふっくらしていた。 先生に言ったけど 「胃カメラの後はガスがたまる」と言われた。 「でも胃カメラ飲む前からだったのよ。」 そう言ったのだけど… その日は金曜日。そのまま帰され土日と家で過ごしやっぱりおなかは張ってるし HARUはだんだん起きていられなくなるし… ・3月13日月曜日 病院へ行ってHARUのお腹を見た先生は、緊急のCTを撮ると言った。 バタバタといろんな先生がやってきた。 何が何だか分からなかった。 CT室の前で我慢していた涙が止まらなくなった。 でも…HARUに気づかれると、 「コンタクトしている目にゴミが入った」って笑ってごまかしたよ。 そして先生から 「腹水が溜まっています、大学病院へ行きましょう」と言われた。 先生:「今日は遅いからここに一泊入院して明日救急車で行こう」 私: 「だったら家に帰って荷物まとめて明日大学へ行きます。」 先生:「外来で行くと何時間も待たされるよ。 お母さん今までがんばったよく看てててくれたから、 ここで無理すると悪いから点滴してここにいよう。 明日救急車で一緒に大学へ行こう。」 私: 「…」 外は3月だって言うのに吹雪だった。 HARUには先生に言われたとおり話した。 救急車に乗れるね~なんておどけたりして… HARUは家に残してきた苺が食べたいと言った。 病院に行く前に食べようとしたのだけど あまりおなかが減っていなかったから。 「病院から帰るとちょうどおなかが減るからね…」 と苺を残しておいたの。 でも絶食を言い渡されていたので食べられなかった。 これからどうなるんだろうって不安だった。 誰にもその不安を言えなかった。 だって、言ったら私が押しつぶされそうだった。 HARUに大丈夫だよ!って言いながら自分に言い聞かせているようだった。 |